「小網神社(こあみじんじゃ)」に家族でお参りに行ってきました。
ご利益がすごい!と有名な日本橋にある
強運、厄除け、金運アップ、健康長寿など魅力的なご利益満載の神社だそうですよ。
休日ともなると参拝者で行列ができるという小網神社とはどんな神社なんでしょうか?!
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小さくてもご利益はすごいんです!
小網神社の場所はけっこう分かり辛いです。
私たちは赤ちゃん連れだったので、埼玉から車で向かったのですが、まず都内の道が難しい。
でも平日?いや、お盆期間中だったので道は空いていて、
1時間ほどで周辺に着き、小網神社への案内の看板を発見。
車を停める場所を探すのに周りをぐるぐるして、近くの図書館とかが入っている建物の地下駐車場に停めて
小網神社まで歩いて向かいました。
ごく普通の路地に急に神社がでてきて、こんなところに?と驚きつつも写真をパシャリ。
分かりにくいですが、ビルの間にちょこっと見えるのが小網神社です。
そしてこちらが小網神社の正面。
小さいですが立派な造りで、お守り売ってるとことかすごい綺麗です。
小網神社が強運のご利益がすごいと言われる理由がこちら。
小網神社御由緒
社殿 武蔵国豊島郡入江のあたりに万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。この庵は恵心僧都の開基で、観世音と弁財天も僧都の作と伝えられています。開基の年代は明らかではありませんが、恵心僧都の歴史を考えれば、今からおよそ一千年前ということになります。
文正元年(西暦1466年)、庵の周辺で悪疫が流行し、人々は困り果てていました。そんななか、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って庵を訪れ、数日間をこの庵で過ごしました。ある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢枕にたち、網師の翁を稲荷大神と崇めれば、村の悪疫は消滅することを告げます。 夜が明け、網師翁の姿は庵にはありませんでしたが、庵主は恵心僧都の託宣を村人たちに告げ、翁を小網稲荷大明神と称え、神社を創建して日夜祈願をつづけました。すると間もなく村の悪疫は鎮まり、村人たちは歓喜したといわれています。
領主・太田持資公(道灌)も、この御神徳を聞き、折に触れて、当神社を詣でました。そして土地を寄附し、小網山稲荷院万福寿寺と名づけたと伝えられています。慶長年間(西暦1596~1615年)には、これらにちなみ周辺地域が小網町と名づけられ、当神社を氏神と崇めました。
明治維新後の神仏分離令によって社寺は分離、小網稲荷神社として明治6年7月5日、村社に指定されました。現社殿・神楽殿は、大正期の明治神宮造営の工匠長・内藤駒三郎宮大工一門により、昭和4年に造営されました。その後の戦禍を免れ、現在は日本橋地区に残されている唯一の木造檜造りの神社建築となっています。特に、向拝に施された「昇り龍」と「降り龍」の彫刻は見事なもので、「強運厄除の龍」として拝されています。戦後の宗教法人化に伴い、名称は「小網神社」となりました。社殿・神楽 殿などは現在、中央区の文化財に登録されています。小網神社HPより
さらに、第二次世界大戦では、小網神社の御守を受けた兵士が全員生還。
東京大空襲の時には建物が奇跡的に戦災を逃れています。
すごい強運です!
そんな強運にあやかろうと、強運厄除お守りが大人気のようで、
私ももちろん購入しましたが、売り切れになってるお守りもありました。
おみくじもあって、まゆ玉みくじという可愛らしいおみくじが人気みたいです。
金運アップの弁財天
こちらが銭洗い弁天さま。
ここでお金を洗って清めお財布に入れておくことで、
そのお金が「種銭」となってお金を増やしてくれるそうです。
年末ジャンボの宝くじのシーズンなんかはお金を洗う人で行列ができるそうです。
私たちが行ったときは他に2組くらしか参拝客がいなかったのでゆっくり銭洗いができました。
それでも後からちょこちょこ参拝にくる人がいて、やっぱり人気のスポットなんだなと思いました。
我々家族も、小網神社の強運&金運アップのご利益にあやかりたい!!
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小網神社の詳細
住所:東京都中央区日本橋小網町16-23
アクセス:東京メトロ日比谷線人形町駅A2出口より徒歩5分
駐車場:なし 近隣にコインパーキングあり
お守り・御朱印の受付時間:9:00~18:00
御祈祷は当日だと混みあっている場合が多いため、予約していったほうが確実です。
小さいけどご利益抜群の小網神社、みなさんもぜひ参拝に行ってみてはいかがでしょう。
水天宮も近いので、神社巡りもできそうですよ。
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